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たぶん、「結婚したい」ってより、「家族がほしい」んだとおもう。

昼も夜も働くアラサー女子が、仕事・恋愛・結婚について語ります。

フリーランスになって、夜の街で働いて、よかったこと。

自身の生き方見直し期間中。
でも、〆切に追われて今夜は徹夜の予定。

実は、〆切までの時間はそれなりにあったのに、
自身の不安感と向き合っていたらあっという間に時間がきてしまった。

不安感をなくすためのひとつの手段として、「結婚したい」と強く思っていたのだけれど、
経済的にも精神的にも自立しなければ、幸せな結婚や家庭は手に入らないと気がついたので作戦変更。

それについてはまた今度書くとして、表題の件について。
抱えていた不安感を一気に消す気づきがあったので、忘れないうちに書いておく。

フリーランスになってよかったこと

フリーランスになったことで、自分の時間と仕事の選択肢は自由だ。

仕事の中心は、BtoBの取材と文章制作だけれど、出来ることは手広くやっている。
コンサル的な相談にのることも、時には手を動かしクリエイティブ制作をすることもある。

その結果私は、友人のビジネスの相談に、真剣に乗ることができるようになった。
副業ではなく本業として協力し、対価を求めることができる。

私にとっては、ビジネスも友人も、
とても大好きで大切なことなので、今の現状は、とても嬉しい。

会社員だった頃の、私の無茶な働き方。

会社員だった頃の私は、仕事が好きすぎて働きすぎていた。
ワーカホリック月額使い放題パッケージ。

地獄のミサワに出てくるような意識高い系の痛い発言もいっぱいしていたし、
社内外に交流を広げ仕事をつないでいたので、それなりに結果も出していたように思う。
余暇時間には、社外活動で本気で意識が高いコミュニティに関わったりもしていた。

就職するまでは、家を出ること、自活することを目的として生きてきたので他に興味関心が薄く、
仕事をすること、よりよい仕事をするために自己錬磨することが、唯一の趣味のようなものだった。

正直なところ、当時は、
休日に友人や職場の親しい人とコミュニケーションするレクリエーションの時間よりも、
もっと外の世界を見聞きして仕事につなげるための時間を大切にしたかった。

まだ働き始めて2,3年の自分の実力が不安で、
器用貧乏がゆえにプロフェッショナルなスキルを積み上げられていないことが不安で、
そんな自身も、所属している会社も業界も、世の中の変化のスピードについていけるのか不安で
見えない答えを探して、もがいていた。

働きすぎて心身を壊したとき、助けてくれたのは友人だった。

不安のまま過剰に働いて自己錬磨した結果、私は心身ともにバランスを崩してしまった。
エンジンをふかしすぎて勝手に故障したポンコツ車だ。
会社を休職し退職し、独り立ちする中で、助けてくれたのは学生時代の友人だった。

健康も精神も不安定な私を気遣って、幾度も顔を見に来てくれた。
遊びに連れ出してくれたり、一緒に食事をしてくれた。

家を出て働くことを目標にしていた学生時代から、
働らきはじめて心身を壊すまでの7,8年間、
そんな私をずっと近くで見ていた友人に、私は救われた。

近くに住み暮らしている、多くの友人にも救われた。
会うたびに心配の声をかけてくれて、幾度か一緒に楽しいイベントを過ごした。

働くことも大切だけれど、一緒に人生を楽しむ友人がいることは、とても幸せなこと。

それは、仕事で得られる幸せとはちがうことや、
いままでおざなりにしすぎていたこと、
そして、本当はもっと彼彼女達と一緒にいたいという隠れていた願望に、
ようやく気がつき向き合うことができた。

これからはもっと、一緒にいる時間を増やしたいと思う。

好きすぎて不安を抱えていた昔の仕事も、私を助けてくれた。

独り立ちできたのは自分の力だけじゃない。
前職のつながりから細々と仕事をいただき広げ、今に至る。

まだ前職で直接的に関係していた方々と仕事をする機会はない。
会社や業界について考え込みすぎる私は、軸を見失って働きすぎてしまいそうで怖いから。

でも、前職で培ったスキルやビジネス感覚が、今とても役に立っていて感謝している。
いつかこれは何かの形で恩返ししたいと思っているところ。

私の不甲斐なさで手放してしまった仕事は、
思い出す度に愛おしくて苦く感じる昔の恋人の記憶のようだけれど、
そこまで愛して深く関わったことで得たものはとても大きかった。

夜の街で働いて、よかったこと。

心身を壊したきっかけは、働き過ぎ以外にもあった。
働く中で、男女関係について、特にジェンダー(社会的男女差)/セックス(性差)にまつわる悩みを抱えていた。
働きすぎたタイミングに重なり、ジェンダー/セックスにまつわる問題が噴出して、心身ともに参ってしまったのだった。

それを、夜の街で女としての性別を生かして働きながら、様々な男女を見て学ぶうちに、
どうやって自身をとらえ行動すれば、ジェンダーとセックスを受け入れられるのか学ぶことができた。

30年近くかかったけれど、素直に自分の性別を受け入れられるようになった。
幼少の頃から女に産まれたことが不思議だった私にとって、これはとても、嬉しいこと。

働く中で抱えていた「女」という悩み。

こんなに仕事に夢中で働いていても、私は「女」であることは揺らぎない事実で、
いつか結婚して子どもを産んで育てたいと思っている。
そのために自身のキャリアが一時中断されることに対する不安。

仕事や社外活動でたくさんの人に出会い、人としての付き合いを求めているのに、
一部の男性は私のことを「女」とし接して求めてくる。
それが時には嬉しく、時には悲しかった。

私は、大好きなビジネスを、親愛なる友人と進めていたつもりだったのに、
いつのまにか男女の駆け引きとすり替えられてしまう悔しさ。

フリーランスになり、夜の街で働いて、様々な女のキャリアが見えた。

結婚・出産・育児とキャリア継続の悩みは未だ抱えているし、未経験なので経験するまではどうなるかわからない。
おまけに、前職で身近で子どもを産み育てている女性は、専業主婦、もしくは、仕事がデキるスーパーウーマンばかりで、私にはとうてい出来ないと思っていたけれど。
でも、なし崩しにフリーランスになったことで、自分でキャリアを組めるようになったので、継続できるイメージは涌いてきた。

夜の街で働く女性には、昼夜働くシングルマザーが多い。
いざとなったらしっかり腹を決めて働けば、子ども2人ぐらい抱えて働き続けられるもんなんだ、と、いった実例を目の前にして、勇気づけられた。
私の働いているラウンジのオーナーママも、系列店のスナックのママも、芯のしっかりした強く美しい女性で、母としても女性としても尊敬している。

フリーランスとしての時間の自由さを生かして、このブログを立ち上げたことも様々な女性の生き方に触れるきっかけになっている。
はてなブログや恋愛・婚活・人間関係にまつわる書籍を読みあさり、これからの女性の生き方、私自身の方向性が、おぼろげながら見えてきたところ。

男性の心の動き、人の心の動きが理解できるようになった。

夜の仕事は、ビジネスマンの接待の場で、夜の女として華を沿えお酒を提供する仕事。
お一人で飲みにいらっしゃるお客様には、夜の女としてほっとするお酒とひと時を提供する仕事。

会社員として働いていた頃の酒の場は、私も一緒に働く仲間の一員として参加していたため、気が緩んでいたり張りすぎたりしていた。
それを一歩離れて眺めることができて、気がついたことがたくさんある。

いかに以前の私が、男性に対して無防備すぎたか。
または、逆に気を遣わなさ過ぎていたか。

働く仲間なのに「女」としての役割を過剰に求められていたことや、
逆に、とても大切に仲間として扱ってもらったのに、気付けなかったこととか。

今ならきっと、様々な酒の場を卒なくこなすことが出来るけれど、
仕事として別料金をいただきたいラインが明確になったので、
懸念点のある飲み会には参加しない、という分別もつくようになった。

もちろんこれは、酒の場だけでなく普段の人間関係でも同じく、
どこからが「女」として求められていて、どこからが人として気遣いするところなのか、わかるようになったところ。

今までが鈍感すぎたのかもしれない、と反省もするけれど、
鈍感がゆえ、過剰に求められたときにスルーできたメリットもあるので五分五分としておこう。

生きることが、楽になった。

フリーランスになって、夜の街で働いて、生きることがとても楽になった。

実際はこうした心の平穏を手に入れるまでに、半年以上試行錯誤したのだけれど。
ここにきて、ようやく実感できるところまできて、嬉しい。

今夜お店にいらしたお客様が、なぜ私を可愛がってくださるか理解できたことと、
仕事終わりの帰宅後、友人のビジネスの相談に乗り、私が役立てることが見つかったこと、

タイミングよく重なったこの二つの出来事で、
ふっと楽になったことを感じた。

帰り際に「また飲みに来るよ」と呼びかけてくださったお客様の声に、いい仕事をした自信がついた。
真夜中の打ち合わせ後に「無理しないでね」と一言くれた友人の声は、とても心地いいものだった。

さて、気がつけばこんな時間。
夜明けまでもう少し原稿を書き進めよう。

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